今でこそ「組織論」を専門に、組織や働くことについて教鞭をとっていますが、大学時代、私には就職するという意識がまったくありませんでした。とはいえ、周囲が就活をするなか、話題について行けないのもシャクだという理由だけで参戦。秘書をすることとなりました。この仕事がまったく向いていませんでした。たしかに経験を積めば、能力や技術は向上します。でも、働くうえで大切なことは、それがうぬぼれであったとしても「自分だからこそ、これができる」と思えること、つまり「実感」が伴うかどうかであることを痛感しました。
キャリア論の大御所、マサチューセッツ工科大学の名誉教授であるエドガー・シャインは「働くことは自己表現である」と言います。彼はそれを「キャリア・アンカー」という概念で説明しました。働き続けるうえで譲ることのできない大切なものが誰にもある。何をしていれば、自分でいることができるのか、何をすれば自分をうまく表現できるのか、それがアンカーであり、節目にあたって考えることが必要だというのです。
会社選びをするとき、外的要因にどうしても目がいきがちです。会社の知名度、給与、イメージ、出世の早さ等々。実体験がないからやむを得ないとはいえ、大切なことを見落としながら、闇雲に就活をしているとしたら、もったいないですね。
「実感」をもって働くことは、実際に仕事としてやってみなければわからない部分はあります。ただ、手がかりをつかむ努力はできるはずです。たとえば、インターンシップをしてみるのはどうでしょう。もはやそんなことはあたりまえ、単位のひとつと考えがちですが、うまくいけばアンカー発見に一役買ってくれます。
ゼミ生でキャビンアテンダントを志望していた学生がいました。彼女は空港関連会社でインターンをしましたが、思い描いていた職務内容ではないことに失望します。ところが教育実習に行き、自分がしたいことは、人に影響を及ぼすことができる仕事であることに気づきました。そして今、高校教諭をしています。これなどは業種・職種を変えて複数のインターンをした成功例といえるでしょう。
大学生諸君はまずは動くこと。就活のためではなく、よりよい職業人生のために、もっと言えばキミ自身のために、五感を使って「感じる」ことです。何が心地よく、何が不愉快で、どんなことなら寝食忘れてでもしたいと思えそうなのか。「感じる」ことって、意外にも「実感」につながっているような気がします。そうこうしているうちにモデルケースとなるような人物と出会ったり、引き上げてくれる人に巡り会えるという、オマケまでついてきたらラッキーです。
入社初日、通勤定期を買うと気づきます。「学」の一文字がないことに。それは言いようのない淋しさですが、反面、「社会」という枠組みを受け入れることへの決心も伴うはずです。さぁ、背筋を伸ばして!手放しがたい自由と引き替えに、キミが新たに手にしたいものは何なのか、それを今から少しずつ探してみませんか。